アーチスト紹介

職人とアーティストの幸福な融合

「ある会社に就職するときの面接で、君はビートルズとストーンズ、どっちが好き? と訊かれて、僕はドアーズが好きですと答えたんです」
 モリソン小林の「モリソン」は、もちろん、ドアーズのジム・モリソンからとった。
 モリソンは、金属板や流木、石塑粘土などを使って彫刻作品を作り続けている。とりわけ、金属による植物の作品は、他に類例をみない。金属の錆を生かし、命の炎が消えかけていく植物の姿を表現した一連の作品は、モリソン独特の世界といっていい。 
 一説に、生物が陸に上がってきたのは約4億年前といわれるが、その長大な尺度に合わせれば、人間の命など、ごく微かな点ほどのものでしかない。まして草花にいたっては数ヶ月や数年の命しかない。
 しかし、そのわずかな命の炎を燃やしながら、地球上のあらゆる生物を生かしてくれているのも、まぎれもない事実である。地球上からあらゆる植物が消えてしまったら、人間も含め、ほとんどの動物は絶滅してしまうにちがいない。つまり、植物は短い襷リレーをつなぎながら、途方もなく長い生物史を支えてくれたといって過言ではない。
 だからこそ、役目を果たした後の植物の姿は美しい。何も語らず、懸命に生き、静かに一生を終えたあとの佇まい。多くの人間はそのことになんらの関心もはらわないが、モリソンはそうではない。
「僕は、植物がどういう風に枯れるのか、そのプロセスに興味がある。誰も見ていないが、植物が朽ちていく姿はとても魅力的です」
 時間がつみ重なったことでしか生まれないものがある。また、朽ちていくものにこそ、独特の風情がある。しかし、日本では経年変化が嫌われる傾向が強い。特に工業製品に対しては、そうとうに潔癖だ。建築物は年とともに減価償却され、〝古いものは価値が低い〟という常識が定着してしまった。
 果たしてそうだろうか。人の〝思い〟が堆積したものに価値を見いだすような社会への入り口にわれわれはさしかかっているのではないか。

純度の高い感性

 ジム・モリソンに傾倒するが、モリソンは意外に常識人である。内装デザイン・施工業を営み、スタッフも数人かかえている。請け負った仕事に対する責任感はまさに〝プロフェッショナル〟そのものだし、語り口は整然としていて、ある種のぬくもりさえ醸し出している。そういう意味で、ジム・モリソンとは対極をなす。
 しかし、共通点も少なくない。例えば、自身の言葉をもち、感性の純度が高いということ。モリソンの公式サイトには、彼のブログが掲載されているが、それらを読めば、彼がいかに〝言葉をもつアーティスト〟であるかわかる。
『笹百合』という作品につけた説明に、次のような言葉がある。
──ほのかに桃色がかった花色は、横顔、斜め、後ろ姿と、どこから眺めても優美な姿をしています。そして、優美でありながらも毅然とした近寄りがたさを持っています。
 神様に捧げるのに、この百合くらいにふさわしい花はないように思えてきます。
 心の闇を優しく照らす神様の花、笹百合。そっと一輪いけるだけで、あたりの空気は清められていきます。神懸かり、強い意志が宿り、闇を祓い、生きる意味を、呼び覚ましてくれる花です。──
 作品を作る際、笹百合の姿を何度も何度も、まじまじと観察したにちがいない。そして、その優美さ、神々しさに心を打たれたのだろう。
 その優美さ、神々しさはやがて萎れ、朽ちていく。それが口惜しいとモリソンは思ったにちがいない。どうして、こんなに美しいものが形をとどめずに消えていくのだろう、と。
 やがて、モリソンは、そうではないと気づいたはずだ。その優美さ、神々しさは、それに感動した心の中に明白に残っていることを。だから、〝役目〟を終えた笹百合は、ピーク時にも増して美しいのだということを。
「僕は、真新しいものにあまり魅力を感じないんですよ」とモリソンは語る。

モリソンの原風景

 モリソンは1969年、東京に生まれた。考古学を学んでいた兄の影響を受け、ものごころつくと兄と一緒に土器を調べるなど、幼い頃から博物学に興味を抱いた
 その後、多摩美術大学で工業デザインやプロダクトを学ぶ。卒業後、社員百人程度のインテリア工芸の会社に就職する。大学でプロダクトを学んでいたので、空間造形に理解を深めたいと思った。店舗などの設計から施工や現場管理まで携わった。
 3年間、その会社でひと通り学んだ後、もっと次元の異なるフィールドで自分の力を試したいと思い、当時、斬新な感覚で定評のあったインテリアデザイン会社に転職。その後、2001年、「スペシャル・ソース」を立ち上げる。
 以来、川崎市久地に事務所兼工場を構え、事業を営んでいる。仕事の内容は、主に店舗のインテリアデザインと施工。つまり、川上から川下まで一貫してこなしている。
「意匠だけ自分たちでやって、その後の製造は外注するという方法もありますが、外部の方に細かい点を説明するより自分たちでやってしまった方が早いんですよね」とモリソンは語るが、自分のアイデアを自分の手で具現したいという気持ちでもあるのだろう。
 スペシャル・ソースでは、木工も鉄工も請け負う。それがモリソンの創作活動に生かされることになる。

植物の生命力を表現する方法

 事業を立ち上げたからといって、すぐに仕事が舞い込んでくるわけではない。モリソンもそういう苦汁を飲んでいる。最初の2年間は資金繰りがたいへんで、建物の解体工事やラーメン屋の看板施工など、できることをフル稼働して仕事を請け負った。
 少しずつ余裕が出てくるようになったのは、それまでに手がけた仕事が評価されるようになってからだ。店舗のインテリア設計・施工の仕事を年15〜15件ほど依頼されるようになったのである。ブランド製品を扱うショップからの依頼もあった。
「なんでもそうですけど、ものごとは一足飛びにはいきません。僕の場合も、できることが少しずつ増えてくるに従って、仕事が増えてきました。だから、いつも『多すぎず』しかも『少なすぎず』という仕事量だったと思います。まだ仕事が未熟なのに営業ばかりしてもダメです。身の丈に合った仕事をすることが大切だと思いますね。それなら、失敗がなくなりますし」
 仕事が順調にまわるようになり、徐々に気持ちの余裕がでてきたモリソンは、何かに導かれるように自分の心の中にあるものを表現したいと思うようになった。気がつくと、木でバレリーナを彫っていた。
「仕事の反動で、自然と創作の方に向いたのだと思います」
 モリソンは、澄んだ瞳を初期の作品に向けて、そう呟いた。
 あるとき、中目黒にあるインテリアショップ「hike」から通常の業務とはちがう依頼がきた。その店のコンセプトでもある「自然との共生、物質の循環」をテーマに、作品展を開催しないか、と。
「その話があってから個展までの間、かなり試行錯誤しました。ある着想をもとに何度も何度もトライしましたが、うまくいかない。その頃、生け花にも興味があったので、植物をモチーフにしたいという思いはあったのですが、リアルに作れば作るほど実物とは遠ざかってしまう。造花のようになってしまうのです。もっと、植物の生命力とか植物が本来もっている美しさを表現する方法はないか、と考えているうち、植物が朽ちていく過程を表現してみたいと思ったのです」
 ほとばしる生命力を表現するために、朽ちていく過程を表現するという着想を得たのである。

命の置き換え

「それまで、インテリア工事において、金属が錆びてしまったことで何度かクレームがあったのですが、それを逆手にとろうと思ったんです。ある意味、金属は植物に似た素材だと思います。徐々に朽ちていく様子が……」
 光がないところには、影もない。生命のきらめきがないところには、滅びゆく命への愛惜もない。植物が枯れていく過程を錆の付着した鉄で表し、錆を止めるためにその上に水性の顔料を塗るという着想は、みごとに的中した。
 2008年に「hike」で開催された「自然との共生 物質の循環 モリソン小林展」は、会場に足を運んだ多くの人を魅了した。その時を境にして、現代彫刻家・モリソン小林が誕生する。
 鉄の板を切り、細かく細工するには、高度な職人技と腕力、そして根気を要する。
「たぶん、ほとんどの人は途中で嫌になってしまうと思いますよ」と言って、モリソンは笑う。金切り鋏を使って、鉄の板を丹念に切り刻んでいくのは、実際、容易なことではない。しかも、モリソンが表現する植物は、デフォルメされていない。
「兄の影響だと思いますが、ウソは嫌なんです。葉っぱや花びらのつきかたなど、本物に則した作品を創りたいのです」
 だからこそ、モリソンは、モチーフとなる植物を心を込めて観察する。すると、それまで気がつかなかった〝自然の造形力〟にあらためて魅了されることになる。モリソンの作品に、植物をはじめとした自然への尊敬が込められているのは、そのためだろう。
 ところで、モリソンの作品は葉の先端のギザギザまでリアルだ。それでいて、造花のようなウソっぽさがないのは、なぜだろう。
 ひとことでいえば、「命の置換」を行っているからではないだろうか。生身の植物に宿っている〝命〟をモリソンが選んだ鉄材へ置き換えること。そうでなければ、生命感など醸すことはできない。
「人も植物も、命を燃やした後は朽ちていきます。それがまた、生き物の魅力だと思います。むしろ、僕は〝どういう風に朽ちていくんだろう〟って思ってしまう」

植物に対する尊敬

「植物に対する気持ちですか? なんとなく憧れはありましたが、以前は今ほど好きではありませんでした。僕はネーチャータイプではない。文明が身近にないと落ち着かないんです(笑)。でも、植物をモチーフに作品を創り始めてから、植物に対する気持ちが変わってきました」
 創作するということは、その対象となるものをつぶさに観察し、魂の交流ができるほど、自分と同化させること。そのプロセスにおいて、相手(対象物)への愛着が増すのは、当然のことであろう。モリソンも今では、山に入り、植物に限らず、蝶や動物など、自分が知らなかった生き物と出遭う歓びを知ってしまった。モチーフに対する愛着が増し、尊敬の念が強くなれば、おのずと作品の質も上がってくるだろう。
「子どもの頃、大きくなったらこんな風な生活をしたいなと思っていたイメージに、ほぼ近い毎日を過ごしています。今までのプロセスを振り返ると、木が僕を導いてくれたような気がします。今の仕事に就いたことも、金属や木を使って作品を創っていることも、すべて……。これって、幸せなことなんでしょうね」
 モリソンの触手は、金属のみならず他の素材へと伸びていった。
 ひとつは、流木。流木をそのまま生かして人間の胸像を彫っている。ある程度デフォルメしたものや、かなりリアルに彫ったものまで、作風は幅広い。
 モリソンにとって、流木はまた、植物と同様に、いやそれ以上に時間の堆積を感じるモチーフなのだろう。新たに伐り出された木材を使用するのではなく、台風などによって倒され、あるいは寿命を終え、川に流され、形を変えた流木。それら流木のたどってきた歴史を想像するだけでさまざまな物語が浮かんできそうだ。
「僕にとっては生きている植物も、枯れて倒れ、川に流されてきた流木も同じです」
 枯れゆくものへの愛惜をモリソンはもち続けている。(取材・文/高久 多美男)
※記事写真の作品は販売しておりません。ご了承ください

1969年、東京都に生まれる
2001年、Special Sourceを立ち上げる
2008年、「hike」(東京都)において、第1回個展開催
2012年7月、「GEODESIQUE」(東京都)において、高里千世氏との 2人展を開催

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