アーチスト紹介
植木寛子
ガラスで表現する柔らかさ

豊かで肯定的で、懐が深い日本人の感性

 ヴェネチアを拠点に制作を続けるガラス作家・植木寛子の作品は、小気味よく常識を覆してくれる。ガラスという硬質な素材を用いて、モノの柔らかさや女性の美しさを表現しているのである。初めて植木の作品を見たときの印象は、「なんて奔放な形で、柔らかそうで、色彩が美しいのだろう」であった。本場ヴェネチアのガラスアートにはない、大胆さや斬新さがあり、それでいて見る者の心を和ませる独特の雰囲気を湛えていた。少女時代の限りないイマジネーションをなんのてらいもなく表現する無邪気さも感じられた。   
 左の作品『カラーの靴 想像と理想の間』を実際に見ると、それが吹きガラスの手法で制作されたとは信じがたい。ヴェネチアのガラスアートはルーマニアの被せガラスに比べ、格段に表現の幅が広いが、それでもこの作品は常識破りである。どうしてこういう作品ができるのかといえば、自らのインスピレーションを肯定し、外国の伝統的な工芸という深い森に躊躇することなく分け入ることができたからだ。これもまた、日本人の懐の深さと言えるのではないだろうか。

美を愛でる環境に生まれて

 植木は1978年、東京で生まれた。生家はヨーロッパの古美術を扱う画廊だった。高校2年生のとき、1年間、アメリカへ留学し、帰国してから女子美術短期大学に入学。そして、卒業すると、すぐさまフランスへ渡る。その後、ルーマニアでガレの技法を学び、イタリアのヴェネチアへとたどり着く。
 ヴェネチアン・ガラスの中心的役割を果たしてきたムラーノ島には優れたガラス職人が集まり、多くの工房が軒を連ねている。
 2001年、ヴェネチアの地を踏んだ植木は、アイデアデッサンを携え、いくつもの工房を訪ねた。「この絵のアイデアをガラスで作りたい」と。では、どのようなデッサンだったのだろうか。右のような絵である。ハイヒールを履いた女性の足。このようなデッサンを何枚も携えて歴史のある工房を訪ね回った。しかし、どこへ行っても、にべもなく断られた。それもそうだろう。それまでの伝統的なヴェネチアン・ガラスは大半がテーブル・ウェア、せいぜい脚や取っ手に装飾的な遊びがある程度のものばかりだった。そこで植木は、ムラーノ島で〝スーパー・マエストロ〟と崇められているピノ・シニョレットの工房を訪ね、デッサンを見せながらつたないイタリア語でこう言った。「いろいろな工房を訪ねたが、どこへ行ってもできないと断られた。これをガラスで形にできるのはあなたしかいませんよね」。
 いきなり訪ねてきた20代前半の女性はヴェネチアとは縁もゆかりもない日本人。しかもガラス作家としては駆け出しである。
 ピノはこう答えた。「それはそうだろう。他の工房にはファンタジーがないからな」。
 その日から、植木の人生は大きく変わることになる。

制作現場での体験

 ところで、陶磁器などをイメージしてもわかるように、ほとんどの「焼き物」は着想、造形から焼き入れまでを一人でこなす。しかし、ガラス工芸は、作家と職人の役割分担が明確に区分されている。昔の浮世絵が、絵師、彫り師、刷り師など、それぞれの分野の専門家に分かれていたのと同じように、ガラスの世界もまた分業化がはっきりしているのである。
 ところが、植木は製作の現場も体験している。
「あるとき、ピノのアシスタントに欠員が生じてしまいました。すると、ピノはすぐさま『ヒロコ、入れ』と私に命じたのです。本来、作家が職人といっしょになって作業をすることはほとんどありません。危険な現場です。火の温度は約900度。一糸乱れぬタイミングで連携しないと、とりかえしのつかない事態になってしまいます。しかも、細かいことはなにも教えてくれません。体の動きや目の合図だけで瞬時に判断して仕事を進めるのです。なにもかも盗んでやろうと必死になって働きました」

火のみぞ知るという一期一会

 左の作品『雪の華』の表面のランダムな泡沫は偶然の産物だが、いかにも日本的だ。釉を自然に流した侘びの茶碗にも通底する、和の風情がある。
「海外に行くときは、いつも日本人を代表する一人であるという意識でいます。『雪の華』をはじめとしたジャポニズムシリーズを手がけるようになって、新たな境地がほのかに見えてきました。最後の最後はデッサンの通りにはいかない、結果は火のみぞ知る、という一回性がとても面白いのです」
 早33歳でこの作風にたどり着いたのは、植木の血脈に流れる〝日本人としてのアイデンティティ〟のなせるわざかもしれない。
 日本と西洋の特色を皮膚感覚で理解しているからこそなしえる領域があるはずだ。植木の本領は、まさにそれであるような気がする。(取材・文/高久 多美男)
※記事写真の作品は販売しておりません。ご了承ください

1978年、東京に生まれる
1999年、女子美術短期大学絵画科卒業後、渡仏
2000年、ルーマニアにて工房と共同制作を開始。仙台藤崎百貨店で初個展
2001年、イタリアのムラーノ島で作品制作を開始
2002年、日本選抜美術展・最年少にて奨励賞を受賞
2003年、朝日現代クラフト展入選
2006年、日本現代工芸美術展入選
2008年、第3回現代ガラス大賞展2008富山入選、大一美術展2008入選
2011年、サントリー美術館の「あこがれのヴェネチアングラス展」にて展示
 現在、1年の半分をヴェネチアで制作する。

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